パートナーシップの歴史:カストロールとトライアンフ

カストロールとトライアンフ:このパートナーシップには「成功の系譜」が脈々と続いています。両社共に旺盛なフロンティア精神を原動力にして、20世紀初めから、一方が高性能のオートバイの製造を、他方が高度な潤滑油の製造を続けてきました。テクノロジーでパートナーを組むこの2社は、力を合わせて、何度となく素晴らしい実績をあげてきました。

トライアンフは1956年から1970年の間、地上速度の世界記録を保持していました(ヴィルヘルム・ヘルツのおかげでNSUが記録保持者となった33日間を除く)。その14年間で、トライアンフは4度にわたり世界記録を更新しました。1956年、ジョニー・アレンの乗る「デビルズ・アロー(Devil’s Arrow)」で。同じ1956年、この時も、「テキサス・シガー(Texas Ceegar)」のサドルに跨ったジョニー・アレンにより。1962年にはウィリアム・ジョンソンが乗った「Dudek/Johnson」で。そして1966年には、ロバート・レッパンがライダーを務めた「Gyronaut X1」で記録が更新されました。
トライアンフ社は1950年代と1960年代に記録更新に成功する一方、1959年にオートバイブランド「トライアンフ・ボンネビル」を発表し、以降製造を続けてきました。このバイクは発表当時、公道走行が可能な世界最速のオートバイでした。トライアンフと同じ成功の歴史をカストロールもたどってきました。「1914年、ボンネビル・ソルトフラッツでスピード競技が開始されましたが、カストロールはそれ以降、世界各地で数々の地上速度レースに積極的に参加してきました」とカストロール・ブランド・マネージャーのロブ・コリーニは述べています。

カストロール・ロケット――来月、米国ユタ州ボンネビル・ソルトフラッツにおいて、現在の「オートバイ地上速度世界記録」を塗り替えるために設計されたマシン。潤滑油にCastrol Power 1が使用されたこのマシンには、これまでのカストロールトライアンフのパートナーシップの粋が集まっています。この2社は、新記録達成を託されたカストロール・ロケットのために、ライダーのジェイソン・ディサルボとエンジン製造担当ボブ・カーペンターの参加を取り付けているだけではありません。チームの鍵を握る3番目の人物はマット・マークスタラー(Matt Markstaller)です。空気力学を専門とするエンジニアのマークスタラーは、自らの業績の一つに、トレーラートラック用の風洞の設計・建設(米国オレゴン州)を挙げています。
1914年、ボンネビル・ソルトフラッツでスピード競技が開始されましたが、カストロールはそれ以降、世界各地で数々の地上速度レースに積極的に参加してきました
ブランド・マネージャー ロブ・コリーニ